ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『僕は問題ありません』の読み方に関するご提案

僕は問題ありません (モーニング KC)

僕は問題ありません (モーニング KC)

 

まずは、こちらのパワーポイントをご覧ください。ねえよそんなもの。

 

さて、前作『変身のニュース』について、「『変身のニュース』が眩しい理由」という記事に、僕はこう書いています。「僕が生きている世界が眩しいのではなく、眩しい世界に僕が生かされている。僕の暗く荒い情動も、その眩しさを際立たせることができる。なんというか、こうして世界の一部としてただ居ればいいんだと、そうなふうに思わせてくれる大切な作品だ」。

『変身のニュース』とは、社会からの疎外感にさいなまれている彼らが、世界の生みだす偶然によって、その存在を肯定されるという作品だったと思っています。

 

では、『僕は問題ありません』はどういう作品なのでしょう。

人形に話しかけるという日常を妻から問題視され、人形をすべて焼かれてしまったが、娘の行動と言葉に救われる夫。車ではねて死なせてしまった人間の人生や繋がりの希薄さにとまどうが、その妹の流した涙に安堵する男。父親の書いた本を取り戻すために臨んだ同窓会で、本を奪った人物の言葉に心弛む男。

『僕は問題ありません』とは、人々からの疎外感にさいなまれている彼らが、人によってその存在を肯定されるという作品だと思っています。

 

ところで、『変身のニュース』の第一話は、学校を去る男の子が同級生の女の子に想いをぶつける話です。『僕は問題ありません』の第一話は、学校を去った女の子を男の子が迎えに行く話です。

『変身のニュース』の第二話は、「胸がぎりぎりいう」病気のため療養施設に入っている妹を持てあます兄たちの話です。『僕は問題ありません』の第二話は、人形に話しかけるという日常を妻から問題視される夫の話です。

『変身のニュース』の第三話は、務める会社の社長がはねてしまった中学生の容態に自分の生死を左右される男の話です。『僕は問題ありません』の第三話は、自分がはねてしまった人間の存在に悩まされる男の話です。

もういいですか。もう少し続けますか。

『変身のニュース』の第四話は、死んだ恋人から送られてきた人形と一緒にマンションから飛びおりる女の話です。『僕は問題ありません』の第四話は、父親の書いた本を奪った人物と一緒に教室から飛びおりる男の話です。

『変身のニュース』の第五話は、父親から贈られた「拳銃」を拠り所に立ちあがる弱虫の男の子の話です。『僕は問題ありません』の第五話は、マンションの屋上に自ら建てている「船」を拠り所に生きる男の話です。

もういいですか。もういいですね。

 

つまりこんなふうに、『変身のニュース』と『僕は問題ありません』の各話は対応しているように見えました。だから、ここからがご提案ですが、『変身のニュース』の第一話を読んだら『僕は問題ありません』の第一話、『変身のニュース』の第二話を読んだら『僕は問題ありません』の第二話……というように読み進めていくと、もしかしたらより味わい深いのではないかなと、そう考えています。

とくに『変身のニュース』の第一話「赤星くん」の、陰嚢が(ふたつの意味で)気球のように広がって、手をつないで空に飛び立つふたりのシーンと、『僕は問題ありません』の第一話「線路と家」の、空に浮かぶモノレールの線路上で抱き合うふたりのシーンのコンボには、胸の昂ぶりを禁じえません。

「どこにだって行けるよ」というようなクリシェには「どこにでも行けるってことは、どこに行っても同じってことでしょう」といらいてしまうのですが、「線路と家」の轟くんによる「出られるよ。どこからだって」という台詞は、すっと胸に落ちてきます。こういう世界の捉え方が、僕が宮崎夏次系作品を愛する理由のひとつです。

 

ということで、以上になります。このように各単行本の各話を対応させていくと、最終的に『変身のニュース』の第九話があまってしまいますが、以上になります。