『アリスと蔵六』について思っていること
自分の想像したものをなんでもひとつだけ現実にしてしまうことができる、”トランプ”という特殊な能力を持った特異能力者たち。”アリスの夢”と呼ばれる彼らを管理する研究所。外に何があるのか見たいからと、そこから逃げ出した少女・紗名。
彼女は、”トランプ”はひとりにつき一種類というルールを超えた、「想像したものをすべて現実に出現させることができる」という並はずれた能力の持ち主だった。けれど、幼い上に世間のことをなにも知らない紗名。そんな彼女が「由緒正しい日本の頑固爺」蔵六と出会う物語『アリスと蔵六』について、今思っていること。
”アリスの夢”のひとりであるミニーCが、逃げだした紗名を捕らえる。研究所に連れ帰る道中で、居あわせた蔵六に対し、紗名についてこう告げる。
「彼女は人間ではない」「人間に擬態して生まれた未知の現象である」「彼女の性格や感情もまわりの人間から無差別にコピーしただけのものであり、いわば機械的にそう振る舞っているだけの人形に似たなにかである」「能力を制御できずに他人を巻き込むバケモノである」。
ミニーCに異をとなえる蔵六に紗名は、「私はバケモノだ」「痛いのも怖いのも嫌だ」「私が居るせいで蔵六たちがいやな目に遭うのはもっと嫌だ」「私が人間になりたかったせいなら、私なんかもういらない」。
泣きながらそう話す紗名に、蔵六は語りかける。「あのなあ、お前さんが人じゃなかったとして、それが何なんだ?」「知らないことはこれから覚えられるし間違ったら反省して次からは直せる」「お前には心がある」。
彼らが話すのを聞いて、僕は思う。そういえば、僕も幼いころはバケモノだったなあと。紗名のように、なんでもできたなあと。「想像したものをすべて現実に出現させる」能力はもちろん持っていなかったけれど、でも、なんでもできたなあと。
子供のころの僕なら、たとえば食事に行った中華料理店で椅子の上に立つこともできたし、大声を出すこともできたし、食べながらしゃべることもできたし、アルバイト先の冷凍庫に侵入する様子を撮影してツイッターに投稿することもできた。
それを、蔵六が紗名にしたように「椅子の上に立つんじゃねえ」「店で大声を出すな」「口に物入れたまましゃべるんじゃない」「人の口にするものが置いてある場所でふざけるな」とまわりの大人たちからとがめられ、だんだんできることが減った。
そのかわり、知っていることが増えていった。できることが減るのに反比例して、知っていることが増えていった。そうやって、僕は人へと変わってきたのだ。
だから紗名が「人間になりたい」、つまり「知りたい」と思い続けて、そこに蔵六がいれば「大丈夫」なのだろう。これからいろんなことがあるのだろう。悲しいこともあるだろう。でも、「大丈夫」なのだと思う。
しかしというかだからというか、不憫でならないのはミニーCだ。
彼女の”トランプ”として発動したのは、「そのときに一番強く脳内にあったイメージが選ばれる」というルールに基づき、イラクで命を落とした海兵隊員である、彼女の夫の両腕でだった。大きさを自在に操ることができ、人を軽く抑えこんだりコンテナを握りつぶしたりできる、彼女の夫の両腕だった。
ミニーCは「歯車が狂っている」と、その能力と自分の生に疑問を感じてはいる。しかし能力を諦めることも、自分の生を諦めることも、腕だけとはいえ再び夫を失う経験になってしまうし、だからそれを軍需という目的であれ、必要としてくれる研究所に従う以外に道がなくて、「立ち止まれずにいる」のだ。
せめて、せめて”トランプ”としての夫の腕にできることが、彼女をやさしく抱きしめることだけだったなら。
ミニーCの顔を見るたびに、どうにか彼女が解放される道は残っていないのかと、紗名にとっての蔵六のような存在がミニーCにも現れないかと、そう思っている。
そういえば、蔵六に”トランプ”が発動したらなにが出てくるかしらと考えたことがあるのですが、きっと花束じゃないだろうか。
それから、ここからが重要なんだけど、紗名はトイレにいたところをミニーCにさらわれたから、2巻ではずっとパンツを履いていない。で、残されたパンツがたたまれて机の上に置いてあるという描写があるんだけどが、これは誰がたたんだんですか?
たたみ方から見て早苗だとは思うんだけど、早苗を育ててきたと思われる蔵六なら、そのたたみ方を知っていてもおかしくないかもしれない。「曲がったことが大っ嫌い」な蔵六が、ノーパンツで空を飛ぶ紗名を「たまにはいいだろ」と叱らなかったのも怪しい。紗名のパンツは、誰がたたんだんですか? 今井先生には、そのへんもはっきりさせてもらいたいと思っています。