ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『誰も懲りない』と月見バーガーについての話

誰も懲りない

誰も懲りない

 

たとえば「月見バーガーの季節」のように、日々を生活していくなかで、その到来を待ち望んでいるものがいくつかあります。「中村珍のストーリー漫画」も、そのうちのひとつでありまして。

 

というわけで、先ごろ単行本が発売された、中村珍作話・作画によるストーリー漫画『誰も懲りない』。

この作品には、ある家族のことが描かれています。娘の登志子を語り手として、両親と、弟と、両親の祖父母のことが描かれています。第1話の3コマ目、そこに描かれた父親の「にこ」という口角と、この文脈での「そんなの当たり前だな」という台詞で、僕はこれだけでもう、ああ、中村珍先生のストーリー漫画だと、小躍りを始めてしまうわけですが。

 

さて、この『誰も懲りない』という作品には、「ものさし」というキーワードが登場します。単行本カバーに書かれた言葉を借りれば、「人にはそれぞれ 自分用に仕上がった ものさしがあって 誰の人生を測るときにも きっと そのものさしを使うんです」という筆路での「ものさし」。

僕は冒頭で、この作品を月見バーガーと並べました。もしかしたら、人によっては「月見バーガーなんかと並べるな」という心情になる人もいるかもしれません。でもその人は、僕がどれだけ月見バーガーに対して切実なのかを、きっと知りません。その人のものさしに刻まれた月見バーガーの目盛を僕に押し当てて、測ろうとします。同様に、「月見バーガーはおいしいものである」という自分の基準に依って、それを好意として中村珍作品を語るというのは、この文章を読むかもしれない誰かに、そして作者に、僕は僕のものさしを押しあてているのです。

「ものさし」が登場するのは作品の後半ですが、以降、もともと多めではあった台詞がさらに増え、コマを埋め尽くし始めます。描かれた背景を、人物を、吹き出しや文字が覆います。これは、ものさしを押し当てられている状態という表現であり、つまり「ものさし」とは、言葉のことなのです。僕のものさしによると。

 

ところで、この作品はアシスタント等に頼らずに、中村珍先生ひとりだけで作画されているようです。「ものさし」というキーワードをもつ『誰も懲りない』ですが、作画において、コマの枠線以外に(「ものさし」が登場する149ページ以降は完全なデジタル環境での制作に見えるので、コマの枠線を含む一切の作画において)定規が使用されていません(たぶん)。

時間も予算も限られた中での作画ゆえという理由が大きいのだとは思いますが、気密性を保った、というか気密性そのものであるような「家族」というモノを描くこの作品に、この「ひとりで」という作風が、見事に嵌っているのではないでしょうか。

それから、単行本には6ページの描き下ろしが追加されています。物語の結末後に置かれたこの6ページを読むことによって、自分のものさしに刻まれた目盛を知ることができるのだと思います。『誰も懲りない』という物語を測った自分のものさしの目盛を、知ることができるのだと思います。

 

ということで、ストーリー漫画である『誰も懲りない』についてのお話でしたが、中村珍先生はエッセイ漫画も手掛けており、漫画制作についてのあれこれを知ることができる『アヴァール戦記』や、「育児」に関する話題を問答する『混迷社会の子育て問答 いくもん!』は、今回のお話にも無関係ではありません。合わせて読むと、また違ったものさしで『誰も懲りない』という作品にふれることができるかもしれません。

さらに! 今、『誰も懲りない』『アヴァール戦記 3巻』『いくもん! 1巻』の3冊を購入すると、「ナカムラ春のチン祭り!」という(きっと天才の人が考えたタイトルの)フェアに参加できます。なんと中村珍先生の直筆画が入った白いボウルが抽選で当たるぞ! まだ間に合う! 急げ!(2014年4月30日当日消印有効)

アヴァール戦記  3 (BUNCH COMICS)

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混迷社会の子育て問答 いくもん!

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