ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『第七女子会彷徨』の中の「徨彷会子女七第」

第七女子会彷徨 7 (リュウコミックス)

第七女子会彷徨 7 (リュウコミックス)

 

女子高生の金やんと高木さんが過ごす、僕から見たらすこしふしぎな日常が、一話完結の形式で綴られてきた『第七女子会彷徨』。その7巻に、「幾重不明回廊」という初の長編が収録された。

 

「鏡がワンテンポ遅れて映る」。それが幕開けだった。世界中の鏡像が、突如として遅れ始める。そこに映るはずの自分と異なる鏡像は、もうひとりの自分を想起させる。そして、こちら側よりもゆっくり進む鏡像に、時空のずれた、もうひとつの世界が思い浮かぶ。

今、僕の目のまえにある世界に対する、もうひとつの世界があるとしたら、それはなんだろうと考えてみる。無限に広がる宇宙としての、この世界に対するもうひとつの世界。

 

鏡の異変からほどなく、町は季節外れの吹雪に見舞われたり、真っ暗なまま朝を迎えたり、行方不明が多発したり、金やんと高木さんの暮らす日常は、少しずつ壊れていく。そして空には、まるでヒビが入ったみたいな光のすじが現れる。彼女たちの世界は、終わりを迎える。

滅亡の最中、高木さんは鏡に映った宇宙みたいな情景を見て、「宇宙船の窓みたいだね こっちが内なのか 外なのか……」と口にする。すべてが終わったあとの最終話で、(たぶん)金やんが、こう答える。「内か外か 鏡と現実? 2つの世界は常に完璧な同調性を求めているんだよ」「ちゃんと向こうと繋がればきっと 私達だって」。

 

たとえば、僕という人間が世界を映す鏡であるとすれば。目のまえに広がる現実の世界と、人間を境界とした、内側の世界。そのふたつの世界が「常に完璧な同調性を求めている」のだとしたら、僕の内側にも、この世界と同じように、無限の宇宙としての世界が広がっているはずだ。

僕の内側に広がる世界。それは、僕の心のことだ。だから、「ちゃんと向こうと繋がればきっと」きっと僕の心だって、無限に広がっているはずなのだ。

 

この漫画を1巻から読んでいて、なんとなく、いつかこの作品の日常と呼ばれる部分がぶっ壊される日が来るのかなと、不安に思っていた。7巻で、実際にそれは為された。けれど、その結末を読み、彼女たちの日常が、また幾重にも綴られていくことを確信している。

『第七女子会彷徨』、いつまでもいつまでも読み続けたい鼻ポッシュ。