ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『サンチャゴ』の漫画力とは

サンチャゴ 1 (ビッグコミックス)

サンチャゴ 1 (ビッグコミックス)

 

隠れキリシタンの村に住む少女サチと、元侍の七右衛門。そこ漂着した謎の南蛮人ディエゴ。彼らはやがて、”奇跡を起こす”という16歳の青年と出会う――。円城寺真己『サンチャゴ』は、「レベリオン・シマバラ」という副題が示すとおり、島原の乱をモチーフとした作品だ。

現在発売中の2巻まで一気に(一揆だけに)読み終えた今、作者の漫画力とでも言おうか、その高い画力と演出力に驚嘆している。

 

まず、画力の高さに驚く。

どちらかと言えば写実的に描かれた絵は、歴史をシリアスに語るこの作品にフィットしている。また、(それぞれに詳しい人が見たらどうなのかわからないが)たとえば船や銃や馬といった、それを絵にしようとしたときに形が取り難いものランキングの上位に入るのではないかと推測されるようなものも、すべてが違和感のないレベルで描かれている。

読んでいる漫画の背景や大道具や小道具に違和感がないということは、読者は認識こそすれ、意識しなければそこに目を止めないということだ。滑らかな読書のために、つまり読者の目をいたずらに止めないために、違和感のないレベルまで精巧に描きあげる。見方によっては徒爾とも思える作業によって、流暢な表現を創りあげる。これは、僕が漫画家(場合によってはそのアシスタント)という仕事を尊敬する理由のひとつだ。

そして、どちらかと言えば写実的に描かれると述べたが、たとえば戦闘・格闘の場面だったり、炎だったり、表情だったり、描かれるのが動的なものである場合、それらはデフォルメされる。平時との差異によって、読者はその動きを感じることができる。

静的なものと動的なものを描き分ける技術とデフォルメのセンス。それが(すべてではないけれど)僕の思う、画力の面での漫画力だと言える。

 

次に、演出の妙に驚く。

1巻の終盤。サチが、ある人物もとへ、ある理由から、焦燥し駆けつけるという場面がある。サチが走る絵で始まるシーンに、村人たちの会話が重ねられる。その会話によって、ある人物が誰なのか、その人物がどういう状況にあるのかということが察せられていく。

4ページにわたって走り続けるサチの焦燥は、そこに重ねられる村人の会話の内容によって、いつしか読者のそれとなる。その人物のもとへ辿り着く直前の3コマ、生い茂るすすきをかき分けて進むその3コマは、サチの荒い呼吸音とともに、彼女の主観視点で描かれている。読者はそこでサチとなり、彼女と同じ目で、すすきの向こうにあるものを見ることになる。

村人に語らせることで、サチをただ走らせることを可能にし、ふたつの場面を重ねることで、彼女の焦燥感を継ぎ目なく描写しながら、その理由を読者に伝えるという巧みな表現だ。

さらに2巻中盤。作品タイトルの「サンチャゴ」とは、イエスの使徒のひとりである聖ヤコブのスペイン語名だが、戦を守護するとされるその名は、鬨の声として戦場に響き渡るという。その鬨の声としての「サンチャゴ」が、作品内で初めてあがるシーンにおいて、乱の首謀者たちによる湯島での談合と、一揆の幕開けとなる代官所強襲の場面のふたつが、また重ねて描かれている。

湯島において、首謀者たちが決起後の具体的な作戦を論ずる場面に続けて、実際に代官所へ向かう百姓たちが描写される。そこに、総大将である16歳の青年が、”湯島で”首謀者たちを相手に静かに語る、合戦の意義と心構えが重ねられる。そして、その演説の締めとして、青年が”湯島で”ひとり静かにあげる「いざ、サンチャゴ」という鬨の声。その見開きをめくった次のページに、代官所のなかへ突撃する百姓たち。

それより過去にあげられた青年の鬨の声をきっかけに描かれる、今現在の突撃。一揆の概要の説明から、戦の始まりへと一気に(一揆だけに)雪崩れ込む、これも巧みな表現だ。

ほかにも、吹き出しの描き方の工夫、奥行きと配置を考慮したコマ割り、台詞も擬音も動線も排除したコマによる緩急など、この作品の漫画力を語るための素材は多い。

 

島原の乱をモチーフとしたこの作品には、キリシタンの正義、幕府の正義、それぞれの怒りなどが渦巻いている。その悲痛さや残酷さから、一方の視点への傾向を促すような、読み進むのが辛くなるようなシーンもある。けれど、謎の南蛮人ディエゴという存在の、宣教師でも神父でも修道士でもない、そして幕府の人間でもないその視点があることによって、読者はフラットな目線を(今のところ)保ち得る。宗教という、ともすれば観点の偏りがちなトピックを含む物語を読むにあたり、僕にとってディエゴは不可欠な存在だ。

一揆に加わってほしいと請われ、けれど「せいぜい遠くから眺めさせてもらう」と本人が言うとおり、今は視点としてのみ置かれるディエゴが、今後もそのままとは限らない。どう物語に関わってくるのかも楽しみだ。

1巻は、16歳の青年が名乗って終わる。その場面の演出もまた、伊達である。完璧な引きで、きっと続きが読みたくなることだろう。2巻では、一揆がその幕を開け、さらにある男の死に謎が生まれる。きっと続きが読みたくなることだろう。漫画という媒体がお好きであれば、歴史物や多少の残酷さなどがどうしても苦手ということでなければ、『サンチャゴ』をぜひとも手にとってほしい。戦は始まったばかりだ。

 

ということで、円城寺真己先生の前作『プラスチック・サージェリー』も傑作なので、ご存じない方はこちらも合わせて読んでみてはいかがでしょうか。

「ホクロからレーザーが出るようになった女」というワンアイディアで1冊を描き切った、コメディともシリアスともとれる、喜劇とも悲劇ともとれる、気軽にも気難しくも読める、感動巨編的な短編です。

プラスチック・サージェリー (IKKI COMIX)

プラスチック・サージェリー (IKKI COMIX)