ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。

『ワールドトリガー』という不都合な引金が描くもの

『ワールドトリガー』という漫画を1巻から夢中で読み続けているのだけれど、ストーリーの展開についてひとつだけ疑問があった。6巻で幕を開ける「大規模侵攻」という大イベントの、物語へ投下されるタイミングが早すぎたのではないかという疑問だ。

しかし、「大規模侵攻」の幕引きとなった10巻を読んで、その疑問は解消した。そして同時に、『ワールドトリガー』の主人公が三雲修であるその訳をまるっと理解できた気がしないでもないので、ちょっとまとめてみたくないでもない。

 

三雲修と空閑遊真の出会いから始まる物語は、修のB級隊員への道のり、遊真の黒トリガーをめぐる争い、そして遊真と雨取千佳のボーダー入隊までを軸に展開していく。並行して、迅悠一をはじめ、嵐山隊や三輪隊の面々、太刀川出水当真風間緑川といった人物たち、玉狛支部のメンバーにボーダー上層部の人間と、次々にキャラクターが登場する。

加えて、「門」「近界民」「ボーダー」「トリオン」といったキーワード、「トリガー」と呼ばれる装備のルールやその戦略など、作品世界における基礎知識が盛り込まれている。

そういった少なくはない登場人物、単純ではない基礎知識をなんとか把握しながら読み進め、3人のボーダー入隊を区切りに一息つこうと思ったところですぐさま「大規模侵攻」の始まりである。

近界の国による大規模な侵攻には、当然のように新たな兵器、新たなキャラクターが登場する。またその新キャラたちが超強いので、ボーダー側もそれに対抗すべく、あの手この手を繰り出してそれに対抗していくことになる。

 

主人公たちがやっとスタートラインに立ったこのタイミングで、(僕の乏しい理解力に拠った見解だけれど)ようやく世界の成り立ちとキャラクターを把握し始めたこのタイミングで、このビッグイベントはどうなんだろうと感じた。「大規模侵攻」の前にもうひとつふたつ小さな章を挟むことで、修たちもさらに成長するだろうし、僕も各キャラの特徴などを充分に掴むことができるのにと。

この「大規模侵攻」というチャプターが、緊迫感と魅力にあふれる展開であったことには疑いなく、手に汗握りながら読んだわけだが、やはりついていくのがやっとという場面もあって、おもしろいと思いつつ常に頭の片隅で「このイベントはもっと後でもよかったんじゃないかな……」と考えていた。

それが、冒頭で述べた「早すぎるのではないか」という疑問なのだけれど、さて、それがどう氷解したのかといえば。

 

「大規模侵攻」終結後、その結果報告のための記者会見が開かれる。防衛戦は大きな成果だったとするボーダー側と、生じた犠牲の責を問いたいマスコミ側、その両者の落とし所として、修がスケープゴートにされる。

訓練生だった当時の服務規程違反について「順序を守ってまず正隊員になるべきだったのではないか」と詰めよる記者に、修はこう返答する。

運命の分かれ目は こちらの都合とは関係なくやってきます 準備が整うまで待っていたら  ぼくにはきっと一生何もできません ぼくはヒーローじゃない 誰もが納得するような結果は出せない ただその時やるべきことを 後悔しないようにやるだけです

(葦原大介『ワールドトリガー』10巻 P114-115)

 これが、僕の疑問に対する返答にもなっていた。

 

たとえば修行を積んで強くなるとか、新たに強力な仲間が現れるとか、世界は本来、そういった時宜を待たずに動いている。だから修の言うように、「誰もが納得するような結果は出せな」いとしても、その時点での手札で対応するしかない。そういう「運命の分かれ目」が「こちらの都合とは関係なくやってくる」本来的な世界というものを表現するために、「大規模侵攻」の幕は、あのタイミングで落とされたのではないか。

そして、「持たざるメガネ」としての三雲修が主人公であるがゆえに、都合よく動かない世界に対して「その時にやるべきことをただ後悔しないようにやるだけ」というスタンスが貫かれていて、だから「『自分にできること』をやることで切り開かれていく運命」という作品の主題を、スリリングかつ魅力的に描くことができているのではないか。

ステップを踏んで成長を重ねることが主題とされがちな少年漫画は、その成長の速度に合わせて世界も動きがちである。しかし、『ワールドトリガー』の世界は都合よく動かない。そういう世界での成長を描くこの作品は、少年漫画に新風をもたらしている。

 

こちらの都合を待たずに運命の分かれ目がやってきてしまうのは、なにも作品のなかだけの話というわけではない。僕たちが生きるこの世界でも、それを動かす引金は、ワールドのトリガーは、こちらの都合とは関係なく引かれてしまう。

そのとき、僕は修のように、やるべきことを、後悔しないようにできているだろうか。どうだろうか。まあ、もちろんできてるけど……と、思うじゃん?