ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『よつばと!』を待つ

よつばと!  9 (電撃コミックス)

よつばと! 9 (電撃コミックス)

現時点での最新刊である9巻が発売されてから、10ヶ月近くが経ちました。まだ10巻はしばらく発売されないのであろうと思いながらも、それを待ちきれずに既刊を読み返す日々でございます。

巻数が増すに連れ、お話の個人的な趣向にもかたよりが見られるようになりまして、どうやら僕は、よつばと大人たちがどこかへお出かけする話がお好みで、特に7巻の「第48話:よつばとぼくじょう」に愛着がございます。

初めて読んだときのことを振り返ると、第47話での、牧場へ向けての出発の間際にやんだが小岩井家を訪れた瞬間に(よつばではなく、よつばに同一化を試みる僕でもなく、僕が)「えー、やんだも来るのかよ」と抱いた嫌悪感が、第48話において、突っ込みに回らざるを得ないやんだを見るにつけ、ああ、やんだがいてくれて良かったという親しみに様変わりしたことなどが思い返されるのでございます。


9巻でのお出かけ回である「第61話:よつばとききゅう」「第62話:よつばとそら」も、大変魅力的でありました。が、ひとつ気になることがございます。

こちらの画像をご覧ください。

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(あずまきよひこ『よつばと!』9巻 P222)

「第62話:よつばとそら」の、最後の一コマであります。6時間近く待ち、ようやく帰ってきた気球に目もくれず、ダンボールで土手を滑り降りるという遊びに夢中なよつばと、同伴者たちの図でございます。

気になるのは、恵那と、とらの視線が気球に向いているのに対し、あさぎと、とーちゃんのそれはよつばを捉えているように見えるのです。

逐一写真から起こされ(ているであろう)、また一切定規を使用していない(であろう)背景の描き込みに対するこだわりや、読者の、よつばへの同一化を拒否する視点の構図など、細やかな気遣いが『よつばと!』という作品を成立させているとするならば、このコマに登場している人物の、それぞれの視線にも作者の意図が介在しているはずであり、であればあさぎと、とーちゃんだけが同じものを視ているその意味はつまり……。


というようなことを書きつつも、実際には、その意味が物語上でどう転ぼうと取るにたらない問題で、コマ割り云々だ同一化云々だなんだと、発売から1年間その作品について話ができるという強度こそが、『よつばと!』の魅力だと思う次第でございます。

同時に、そうして手前勝手に遊んでいないと、次巻の発売が待ちきれませんと、それだけの話でございました。