ホンダナノスキマ

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『GIANT KILLING』が目指す理想のフットボールとは

GIANT KILLING(24) (モーニング KC)

GIANT KILLING(24) (モーニング KC)

22巻から単行本3冊に渡って繰り広げられた川崎フロンティア戦が、24巻で決着しました。ETUの監督、選手、クラブチームとしての成長を実感できるよい試合だったと思います。今回は、川崎フロンティアのネルソン監督の台詞を軸に、ETUの成長と彼らの目指すフットボールを確認してみたいという次第です。


リーグ戦における川崎フロンティアとの対戦はこれが2回目なのですが、10-11巻での1戦目、チームの要である村越とジーノを欠いたこの試合でキャプテンマークを巻いた椿は、川崎の中心選手である八谷のマークについて、八谷を消すためだけにピッチに立っていました。

川崎のネルソン監督は、「選手の伸びしろが見える」という育成・発見型の監督であり、対戦相手のETUの選手である椿の伸びしろも見えているわけですが、そういったプレーをさせるETUの監督である達海について、「伸び盛りの選手になんともつまらん仕事をさせる 同じ指導者として理解に苦しむわな…」とコメントしています。

実際には、プレッシャーに弱い椿にあえてキャプテンマークという負荷をかけ、また調子が悪くても悪いなりにも戦い切ることで、彼に自信をつけさせようという達海の意図がありました。この試合、チームは負けましたが「得たものは大きい敗戦」という言葉で締められています。

そして夏のキャンプを挟んでの、2回目の川崎戦。前半だけで両チーム合わせて4得点という打ち合いに真っ向から挑むETUを見たネルソン監督は、「前回よりも今回のほうが伸びしろを感じさせる人数は上回っている」と感じ、それを「ETUの選手は夏の間に見出した自分の可能性に迷いなくチャレンジできているから」とした上で、達海を「前回までは…… 選手を駒のように扱う監督だと思ってたがの……」と評しています。


「伸びしろ」というのは選手の持つ可能性のことです。選手の現時点での能力を基準として、その組み合わせで戦略を立てて試合に臨む「選手を駒のように扱う監督」は、一方で「伸びしろ」を否定していると言えますが、選手の現時点では獲得していない、あるいは獲得しているが表に出ていない能力の発現を期待して試合に使い、どうしたらそれが実現するかを考え采配を振るうネルソンと達海は、指導者として同じ目線を持っているのだと思います。

試合後、ネルソンは達海について「私が選手以外で初めてどんどん伸びていると感じた男」だと語っています。その「どんどん伸びている男」である達海が目指すフットボールとはどんなものなのでしょう。14巻で、達海はETUの会長に対しこう述べています。

DFは相手の攻撃防ぐのが仕事……
FWはゴール狙うのが仕事
それは最低限の役割……
役割をおろそかにしたらゲームは成り立たない
でも組織として差が出るのは
個々がどれだけ役割以上のことが出来るかだよ
俺がやりたいのはさ……
そういうフットボールなんだよ

(ツジトモ・綱本将也『GIANT KILLING』14巻 #132)

この「役割以上」という部分が「伸びしろ」、つまり可能性のことなのだと思います。その可能性の実現のためには、それをお互いに理解し合えることや、期待し合えることが求められます。また、そうするには個々が自分の役割や指示に雁字搦めにならずに余裕を持つことが不可欠で、だから達海は時に真意を語らないやり方や飄々とした態度をとって、その余地をチームに残しているのかなとも思うのです。

そして、夏のキャンプや新しい選手の加入を経て自分の役割を再認識し、その上で何ができるかという可能性を見出し、チャレンジできているETUの選手たちに大きな「伸びしろ」をネルソンは感じていて、その変化は、その伸びしろが埋まるのを待たずともチームの成長といっていいのではないでしょうか。


ということで、リーグ戦における川崎との対戦はこれで終わりですが、まだカップ戦が残ってますね。こちらも楽しみです。

あと、今回の川崎戦ではETUのサポーター同士の確執やスポンサー問題なども同時進行していましたが、見事な勝利と一緒にそちらも一段落という感じでホッとしました、と思ったらスカルズがまたはしゃぎだしたのでぬぬぬ……いやきっとこれもETUというクラブチームの成長を知るのに必要なエピソードなのでしょう。

そういうわけで、待て次巻。