2012年も残り僅かとなりました。今年の漫画を振り返ってまいりましょう。
2012年中に1巻が刊行されたタイトルのなかから、とくに印象に残った作品を10タイトルご紹介です。ちなみに掲載順はランキングではありません。発売日順に並べただけです。順不同。
『空が灰色だから』/阿部共実

- 作者: 阿部共実
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2012/03/08
- メディア: コミック
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物語というものの多くは、人々が世界に対して漠然と持つ期待や不安を代弁し、そこに白黒つけるという役割を担っている。でも、この作品はグレーのものをグレーのままで投げつけてくる。白でもなく黒でもない灰色の塊を受け止めた心は、どうにかそこに白黒つけようとざわついてしまうのだ。
しかし、そのざわつきにどこか懐かしさを覚える。彼女たちは過剰なのではない。僕も以前はそうだったように、まっすぐなのだ。そして、物ごとに対して強引に白だ黒だと決めつけて日々をやり過ごすことを覚えた僕は、そのまっすぐな好きや嫌いに怖気づいて、”ざわつく”という言葉でまた白黒つけようと藻掻いている! この作品、大好きで大っ嫌いだ。
(関連記事: 『空が灰色だから』という白でも黒でもない物語)
『ラブフロムボーイ』/イシデ電

- 作者: イシデ電
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2012/03/16
- メディア: コミック
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ジャン・コーラルが、プルーデンス校にいる(いた)47人の子供を思い浮かべる場面がある。作中において、いい子・悪い子・お兄さん・がき・おりこうさんというような代名詞で語られる子供たちのことを、彼はしっかり名前と顔で思い浮かべる。実際に、47人の子どもが2ページに渡り名前入りで描かれている。その場面を読んで、なんというか、漫画家という代名詞ではないイシデ電先生、そして読者という代名詞ではない僕が、とても意識されたのだ。
表題作を含む4つの短篇が収められたこの作品が、どうしてこんなにも胸に迫ってくるのだろうかと考えて、そういうことを思った。イシデ電先生の描く太い線は、先生と僕、先生とあなた、そして僕とあなたを繋ぐ架け橋だ。
『きみの家族』/サメマチオ

- 作者: サメマチオ
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2012/04/16
- メディア: コミック
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この物語で姉が新しい家族を持ったように、そして父母がそれを受け入れたように、愛情を与えることや得ることや失うことに執着せずに、つまり家族に対する想いを留めずにまわすことで新しい家族が生まれる。さびしさを覚えながらも、それを心から祝福できるというのも家族の側面なのだろう。
別の家族にいた君が、ある日僕の家族になって、またある日僕の家族から、新しい誰かの家族が生まれたり。たとえば結婚式で味わうような、よろこびとさびしさが綯交ぜになった爽やか感動が味わえる良作。
(関連記事:『きみの家族』の軽やかな愛情)
『ぼおるぺん古事記』/こうの史代

- 作者: こうの史代
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2012/05/27
- メディア: コミック
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『古事記』というのは、日本最古の神話だから当たり前といえば当たり前だが、これ以上古くなる、風化するということはありえない。それを、日常生活レベルにおいて最も身近で最もスタンダードで、これからも最も使われ続けるであろうボールペンという画材のみで描き、テキストは原文のままで表現した漫画であるこの作品も、きっと風化することはない。
キュートで伸びやかで、ときに残酷に描かれる多様な神々を眺めているだけでも楽しい『ぼおるぺん古事記』、一家に一冊置いておくべき!
(関連記事:『ぼおるぺん古事記』は僕らの古事記)
『千年万年りんごの子』/田中相

- 作者: 田中相
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/07/06
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北の冷たく湿った空気を見事に表現し、同時に雪国の閉じた村という舞台に臨場感を与えているメリハリある陰影を持った絵。自分のルーツから逃げ続け、元捨て子であるという寄る辺のなさをいまだに払拭できない雪之丞は、今度こそ、自分の寄る辺となるであろう朝日を、朝日の寄る辺となりたい自分を諦めるわけにはいかないと、ひとり「村」という因習に抗うことを決意する、という物語。この絵と物語の相性が、とてつもない。
雪之丞は名前を呼ばれるたびに、顔の見えない赤ん坊の入った、雪の中にぽつんと置かれたゆりかごを思い浮かべるという。いつか、その顔が見える日がくるのだろうか。きっとそのほっぺたは真っ赤だろう。りんごみたいに。
『ぼくらのフンカ祭』/真造圭伍

- 作者: 真造圭伍
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2012/07/30
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この作品のラストシーンには強く強く胸を打たれたが、あの看板を塗り潰した絵は、富山と桜島にしか意味の分からないものだ(もちろん最初から読み通した読者には分かる)。あれが彼ら以外の人にも、あるいは最初から読まずにあのページだけ見た読者にも意味の通じるものだったら、きっと僕の心には響いていない。そこに意味はのったとしても、富山と桜島の想いがのらないからだ。
普遍的な感動は、一般化された常套句ではなく個人的な想いから生じる。作者のあとがきにある「友達にしか分からない言葉、思い出、そういうのを大切にしたいです。」は、そういうことだと思う。
『ひばりの朝』/ヤマシタトモコ

- 作者: ヤマシタトモコ
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2012/08/08
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彼らは、そういった自分のなかの暗い闇から顔だけ出して生きている。ひばりと関わることで、再びその闇に浸かる。だから、ひばりがどこにいるか見えない。ひばりも彼女自身の闇の中にいるのがわからない。わからないから問い詰める。「朝はいつだ?」と。
この作品を読む僕は、登場人物の誰に対しても共感や反感はできない。誰かに共感してしまえば、それは誰かにとっての反感であり、その逆も然りであるから、容易に僕自身の闇に顔を浸けることになってしまう。だから僕も、やはり問うしかない。「朝はいつだ?」と。「2巻はいつだ?」と。
(関連記事:『ひばりの朝』は来るか)
『そして、晴れになる』/天堂きりん

そして、晴れになる 1―and it will be sunny (オフィスユーコミックス)
- 作者: 天堂きりん
- 出版社/メーカー: 集英社クリエイティブ
- 発売日: 2012/10/12
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順調だった若いころと、「ただ人生の幕を閉じていかなきゃならない」今を、晴れていた過去と曇りの今を比べてみたり、両親が離婚していなかったらと、曇りの過去が晴れていたならと思ってみたり、「もしかしたらなんてないのに」とわかっていても、そのもしかしたらに囚われて意地を張り合ってみたり。そうやって各々が不安を抱えながらも、彼女たちは共通の想いを持っている。それは、お互いの幸せを願う想いだ。お互いの明日が晴れればいいなという想いだ。
終わりのない葛藤と暮らしながら、それぞれの未来を想って生きていくという「家族」を描く、息苦しくてハートフルな一冊。
『変身のニュース』/宮崎夏次系

- 作者: 宮崎夏次系
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/11/22
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彼らはなにかを失ったあとで、あるいはなにかを失いたくなくて、自分を投げ出そうとする。けれど、思いがけない別のなにかによって、思いがけないタイミングで、偶然それを取り戻したりする。不測な世界に振り回されて、なにかを失い自分を投げ出し、世界の奇遇でそれを取り戻す。彼らは、世界に生かされている。
音楽にたとえるならば、彼らは世界というコードのなかで鳴るメロディーだ。和音のなかを彷徨えばいい、望むなら叫べばいい、世界の一部として鳴ればいい。そんなふうに「ここに生かされていること」を肯定する世界と僕らの話。
(関連記事:『変身のニュース』が眩しい理由)
『赤パン先生!』/安永知澄

- 作者: 安永知澄
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2012/11/24
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不確かな私とか、思い通りにならない他人とか、知らぬ間に起こってしまうできごととか、子供のころに少しずつ思い知るそういったあれこれが、伊倉きらを中心とした小学生たちを通じ、切なくも瑞々しく描かれる。読み進むうちに(おそらくは作中の大人たちも同様に)「はて?」と思う。大人になった僕は、確かだろうか。他人が思い通りにならないことを理解しているだろうか。大抵のことが知らぬ間に起こってしまうということに寛容だろうか。
かつて子供だったはずの大人たちが、「あの夏の鼓動」とともにそれを思い出すためのほろ苦い物語。
以上10作品でした。
もちろんこれら以外にも素敵な作品は多数ありますが、キリがないので泣く泣く10冊に絞った次第でございます。また、個人的なルールに則り、多数の作家の作品が1冊にまとめられているもの(これは『僕らの漫画』などのことですね)や、エッセイコミック(これは『アヴァール戦記』などのことですね)も泣く泣く選考対象外とさせていただいておりますのでご了承ください。誰に向けて言っているのかよくわかりませんが。
ということで、来年も素敵なマンガに出会えますように。