ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。

『オンノジ』という世界の歩き方

突然人がいなくなった世界で、ひとりきりになった少女ミヤコ。彼女は誰もいない街をさまよいながら、世界の可笑しさや、誰もいなくなったことによって露見する世界の滑稽さに、呑気で愉快なツッコミを入れてまわる。しかし同時に、決してバスの来ないバス停に座るだとか、病院で誰も来ないことを知りながらナースコールを押すだとかといった行動も描かれ、この世界のさびしさや不穏さは拭われない。

ひとりきりという異常な世界を「見方のわからないだまし絵の中みたいだ」と思うミヤコは、そうやって楽しいと思うことやさびしいと思うことを探している。観察することで、世界の存在を確認している。



ある日、ミヤコは言葉を話すフラミンゴと出会う。以前は中学生男子だったという彼を「オンノジ」と名付け、ふたりきりとなった世界で生活を共にする。

ミヤコはオンノジを観察し、彼に対して呑気で愉快なツッコミを入れる。オンノジも、そういうミヤコにツッコミを入れる。お互いを観察し、その存在を確認している。



ミヤコはオンノジという自分以外の存在によって、自分が記憶を失っているということに気がついていた。「世の中がわからないより自分がわからないほうが不安になる。私は今とても怖い」と思っていた。世界を観察してその存在を確認してきたが、そのミヤコのことを誰も視てはいない。

なにかがそこにあったとしても、視点がなければ無いことと同じだ。だからミヤコは不安だったし、怖いと思っていた。しかしオンノジと出会い、自分を見つめる視点を獲得する。頼もしい視点を獲得する。

オンノジは、ミヤコに結婚を申し込まれる。誰もいない世界、もうなにも変わることのない世界において、唯一変えられるものは、ふたりの関係性だけだ。すでに終わってしまった世界で、未来を思って生きていく唯一の術としてのミヤコを獲得する。頼もしい嫁を獲得する。



物語終盤、ミヤコはオンノジの死を想像し始める。オンノジの頭に銃口を向け、引き金を引く夢を見る。オンノジは、人間の姿だった頃に「今の現実は夢で本当の自分は意識不明のまま病院のベッドで横になっているんだ」と毎日のように考えていたことを思い出す。

ふたりはこの世界、この毎日の終わりを想像している。彼らは、まだ元の世界を断ち切れない。終わりを想像することは、過去への未練であり未来への試練だ。



そして、ふたりは最終話である奇跡を目の当たりにする。なにも変わることのない世界のなかでも、自分たちだけは変わって行ける、それは世界が変わっていくことと同義だ、終わってしまった世界を引き受け未来は自分たちで作っていくのだと気づいた瞬間、最終ページで世界が変わる。

1ページ目から淡々と同じペースで、なにも変わらない世界を描いてきたこの漫画は、最終ページで、読者にもひと目でそれと分かるように、文字通り世界が変わる。ああ。なんてすばらしいラストシーン。

もう何度も何度も読み返しているのだけれど、どうしよう、僕はまだ、こんなにも『オンノジ』が読みたい。