ホンダナノスキマ

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『昭和元禄落語心中』はどこへ落ちていくのか

昭和元禄落語心中(4) (KCx)

昭和元禄落語心中(4) (KCx)

二巻から始まった「八雲と助六篇」も、この四巻で佳境を迎えつつあります。なんのために落語をやるのか、自分の落語とはなにかと同時に、どうして八雲と助六なのかが丁寧に描かれます。八雲は助六がいなければ今の八雲ではないでしょうし、その逆もまた然り。


七代目八雲と満州へ行っていた助六は、落語を聞かせると心底喜んでくれる兵隊さんの顔を見て、「人の為に落語をやる」と決めました。一方の菊比古は、「テメエの居場所をこさえる為、ここにいても大丈夫だと思う為、自分が自分でいる為だ」としています。

「他人がいなきゃ落語はできない」と言う助六と、「一人でいなけりゃ自分の落語と向き合えない」とする菊比古。八雲襲名に関するごたごたの最中、七代目八雲に破門された助六が、みよ吉と一緒に東京を離れたことをきっかけに、彼らは別々の道を歩くこととなりました。

残された菊比古は七代目八雲を失い、その葬式の翌日の高座で、「アタシにしかできない噺がある」と『死神』をかけて、「正真正銘の独り」に喜びを得て、「それに変わるなら孤独にだっていくらでも耐え抜こう」と、自分の落語を見つけるのです。


東京を離れた助六を探して地方の温泉街まで出向いた菊比古は、引きこもる助六に「落語をやれ」とけしかけます。自分の落語をするために、つまり自分の落語を孤独でいさせるためには近くに別の、助六の落語がなければ無理だから、「落語界でもお客の為でもなくアタシの為に落語をやれ」とけしかけます。

「落語は一人でなんて絶対できねえ」という助六はしかし、落語から離れていたためか「客の顔が見えねえ」と臆すのでした。

幼い小夏の前で、菊比古と助六が二人で『野ざらし』を演じるシーンは、だから涙なしでは読めません。「お前さんの落語が必要なんだ」という菊比古に助六の落語を取り戻させて、「見えねえ」と嘆いた助六に客の顔を取り戻させて。

思い返せば助六と菊比古が初めて会った日、七代目八雲の前でむりやり助六が披露して、「仏頂面の坊が笑った」のも『野ざらし』でした。だから、涙なしでは読めません。


さて、いよいよ次巻で「八雲と助六篇」が完結するようです。菊比古が嫌がっていた「八雲」を襲名した理由、「ずーっと独りでいる」理由などもより顕になることでしょう。

気がかりなのは、みよ吉の存在です。四巻の結びで彼女の頬を伝う涙は、どこへ落ちていくのでしょうか。『野ざらし』で溢れた僕の涙は、どこへ落ちていくのでしょうか。助六と共に東京を離れる前、菊比古と別れた時に、みよ吉はこう言っておりました。

「今度会うときは地獄ね」

ドン! ドン! ドドン!