ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。主に漫画の感想です。

『進撃の巨人』たちの作法

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

別冊少年マガジンにて連載中のこの作品、コミックス発売前から話題になっていたようです(自分調べ)。絶望感で物語を牽引する少年マンガは久々な気がしますし、とても期待しています。発売中の1巻は、明確になりきらない情報の提示と伏線張りに終始していますが、そのことによって、絶望感と恐怖感をさらに浮き立たせることに成功しているようにも感じます。

というわけで、現時点で思うことはそれほどないのですが、ひとつだけ気になったのは、巨人たちによる人間の食らい方です。

※以下、残酷と思われるシーンの引用を含みます。閲覧注意です。


まず、なぜ巨人たちは人を食らうのでしょう。1巻の後半で、巨人の捕食について、「巨人の行動原理は人間を食らうことだが、人間のいない環境下で100年以上存在しているので食事を摂ること自体必要ない、つまり巨人の目的は捕食ではなく殺戮ではないのか」という記述があります。

しかし、たとえば片手で握りしめるだけで容易に絶命させることができるというような、人間に対する圧倒的な暴力を持った巨人の目的が殺戮だけであるならば、必ず食らう必要はないのではないでしょうか。しかし巨人たちは、そうすることに拘っているように見えるのです。

また、1巻の捕食シーンを見る限り、そこには作法と呼べそうなものもあるように思えます。たとえば「食らうときは、できるだけ一口でいくべし」というような。

例を挙げてみましょう。

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(諌山創『進撃の巨人』1巻 P78)

頭から丸かじりですね。捕食対象の大きさを例えると、手羽先程度の物を食べている感覚に近いでしょうか。


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(同書 P173)

足から丸呑みです。ホットドッグほどの感覚でしょうか。ちょっと苦しそうですね(巨人が)。


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(同書 P180)

こちらも頭から丸かじりです。無理すんなと声を掛けてあげたいですね(巨人に)。


このように、ただ食らえば良いというわけではなく、そこには少しくらい無理をしてでも守るべき作法があるように思えます。
作法とは、その行為が内包する意味を周知させようとする意思のことです。つまり、巨人たちはそうすることの意味を理解し、さらにはそれを知らしめようとしているはずなのです。だから食らうという行為は、巨人の人間に対する一種のコミュニケーションのように感じます。それがどのような関係性の上に成り立っているのかは、現時点ではわかりません。

そのあたりも含めて、続きを楽しみにしています。