ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。

『逆流主婦ワイフ』はそこで淀んでいるわけにはいかない

僕は家事が好きだ。料理のレパートリーが豊富というわけでもないし、家のなかが常にピカピカかといえばそうでもないから、好きというと語弊があるかもしれないが、炊事洗濯掃除など家事と呼ばれる作業が苦ではないのは確かだ。

たとえば、家のことをなにもしなくてよい一週間があったとして、それで家事が滞るのなら、家事をこなしながら過ごす七日間のほうがストレスフリーなのだ。

僕はなぜ家事を好むのか。幾度か考えたことがあるけれど、その間に掃除や洗濯がしたくなり内省が中断してしまうので今までよくわからずにいた。

 

さて、イシデ電『逆流主婦ワイフ』の話。夫婦や家族やペットや家事など、「家のこと」を題材としたオムニバス短編集。

料理はおいしそうに描かれているし(部長さんとねぐせの家のカレーは(しめじを加えれば)ウチと同じだ)、Tシャツをコンパクトに畳む方法や、赤ワインをこぼしてしまったカーペットの処理など、実用に供するトピックも登場する。

といって、この作品がグルメ漫画や実用書的漫画に類するというわけではない。「家のこと」はモチーフであり、テーマとして描かれているのは、登場人物たちの生活だからだ。

 

彼らには、それぞれの生活がある。そしてそこには、僕たちの生活と同じように、大切にしていたものを失ってしまったりとか、欲しいものがすでに誰かのものだったりとか、思いのままにならないできごとが存在する。

日々のなかで、思いのままにならない、自分の進みたいほうへ向かえない、そんな逆流に晒されたときに、それでも生きていかなくてはいけないから、生活は続いていくから、そこで淀んでいるわけにはいかないから、その流れに逆らったり乗っかたりして、彼らはまた進んでいくのだ。

そして、そういう彼らの想いや叫びが真に迫って映るのは、たとえば踏みぬかれた床だとか、きつすぎるボタンだとか、生活のなかの細部とともに描かれているからだろう。

この作品を「彼らの日常を綴る名作」という言い方でご紹介するけれど、ときに読者のボディー目がけて強烈な一撃を繰りだしてきたりもするから、少しお腹に力を込めながら読むことをおすすめしたい。

 

僕は家事が好きだ。ままならないことが多い日々のなかで逆流に晒され疲れたとき、日々の流れを整えるつもりでそれをしているからだろう。自分のペースで思うまま家事をすることで、僕は自分の生活を取り戻しているのだ。