ホンダナノスキマ

本棚の隙間です。

『ぼくらのゆくえは』という関係性

29歳の朝海雪夫は漫画家だが、初の連載作品が打ち切られて以来、ネームを通すことができず、自分がなにを描きたかったのかも見失い、この2年間はペンも持たずにコンビニのアルバイトで生活している。

そんな朝海の暮らすアパートの隣室に引っ越してきた、18歳の花山入花。彼女は、大学の仲間たちと運営する劇団の初公演への出演に向け、大はりきりだった。

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『林檎の木を植える』のは明日も今日であるように

なにかを変化させたことに対する賞賛の声は、しばしば耳にする。なにかを変えるというのは相当のエネルギーを必要とするから、当然ではあるだろう。一方で、なにかを変化させないということが軽視されがちな気もしている。維持していくことにだって、同じようにエネルギーを使っているはずなのに。

変わらないこと、変わっていくことにまつわるそういった僕の心もとなさを、『林檎の木を植える』という作品がすくい取ってくれた。

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『羣青』のメガネさんが風邪を引き続けた理由

一年と少し前、『羣青』という漫画について、僕は感想文を書きました。読み終えた勢いそのままに(けれど最終巻が発売されて間もない時期だったためネタバレを避けつつ)書いたので、内容にはほとんどふれずに、その作品が僕にもたらした経験と、「この物語に関わる手段が『漫画』でよかった」ということだけを記しました。

 その感想文に「この作品は下巻・P532‐533の見開きのためにあった。彼女にこれを言わせるためにあった」と書いています。「彼女がそれを言った」という結果によって深く心を動かされたわけですが、同時に「どうやって彼女にそれを言わせたのか」という過程の巧みさにも感動していて、だから今回は彼女にそれを言わせた要因のうち、特に重要で鮮やかだと思っている「メガネさんが風邪を引いたこと・それに伴うコートの行き来」という点について、ある程度内容にふれつつ思い出してみようかなという次第です。

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『アリスと蔵六』について思っていること


アリスと蔵六(1) (RYU COMICS)

アリスと蔵六(1) (RYU COMICS)

  • 作者:今井哲也
  • 徳間書店(リュウ・コミックス)
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自分の想像したものをなんでもひとつだけ現実にしてしまうことができる、”トランプ”という特殊な能力を持った特異能力者たち。”アリスの夢”と呼ばれる彼らを管理する研究所。外に何があるのか見たいからと、そこから逃げ出した少女・紗名。

彼女は、”トランプ”はひとりにつき一種類というルールを超えた、「想像したものをすべて現実に出現させることができる」という並はずれた能力の持ち主だった。けれど、幼い上に世間のことをなにも知らない紗名。そんな彼女が「由緒正しい日本の頑固爺」蔵六と出会う物語『アリスと蔵六』について、今思っていること。

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『放浪息子』はどこまでも

今からちょうど10年前に、『放浪息子』の第1巻が発売された。それから今日まで、二鳥修一を見続けた。巻を重ねるにつれ、彼の身体的な成長にともなう骨格や肉付きの変化が、迷いのない(ように見える)美しい線によってみごとに、だから残酷に描かれて、女の子の服を着た二鳥修一の姿に違和感を覚えるようになった。

正確に言えば10巻を超えてから、もっと正確に言えば10巻の68ページで二鳥真穂と並びたつ彼を見てから、二鳥修一の身体的な男性性が明確に意識され始めて、僕はそれからずっと彼の行く末を、物語の行く末を憂いていたのだ。

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